真菰という聖なる植物―人生の節目に現れる―
- sakiizumihkr
- 1月30日
- 読了時間: 4分
更新日:1月30日
真菰という聖なる植物
― 人生の節目に現れる ―
先日、私のもとに
「真菰(まこも)」がやってきました。

それは、自分の誕生日を間近に控えたタイミング。
これは偶然ではない――
そんな感覚が、
なぜか胸の奥に広がっていました。
実は、18歳の頃から
ふとした瞬間にいつも思い出す地名があります。
それが 「菰野町(こものちょう)」。
当時の私は、鈴鹿山脈へ登山に出かけ、
帰れなくなったことがありました。
焦りと不安の中、
どうしたらいいかも分からないまま、
漆黒の暗闇で一夜を過ごすことになります。
夜の山で聞こえるガサガサという音。
当然、一睡も眠れるはずもなく、
寒くて震える身体を抑えながら
祈るように朝を迎えます。
翌朝、泥だらけになりながら、
やっとの思いで下山した先が――
菰野町でした。
その時は、
その地名に特別な意味を感じる余裕もなく、
ただ「助かってよかった」
それだけで精一杯でした。
今回、あらためて知ったのです。
菰野町の「菰(こも)」は、
真菰の「菰」であるということを。

半年間乾燥させたものと完全に乾燥した真菰の2種
お譲り頂きました。
真菰は、イネ科の多年草。
水辺や湿地に生え、
汚れた水でも枯れず、
むしろ水を浄化する性質を持つ植物です。
自らが汚れを引き受けても腐らない。
その性質から、古来より
神事や祭事に用いられてきました。
神様をお迎えするための敷物。
場を清め、
人と神との「境界」を整える存在。
真菰が育つその土地へ、
私は18歳のあの日、
導かれるように辿り着いていたのだと、
今になって気づきました。
あれは「迷った」のではなく、
一度、人生の境界を通ったのだと。
なぜ、そう思えるのか。
山:異界・霊性・魂の領域
夜を越す:日常世界から一度切り離される
翌日、菰野町へ:浄めと再生の地へ導かれる
昔話や神話では、
「迷う → 一晩を越す → 別の土地に出る」
これは魂の通過儀礼を表します。
18歳――
子どもから大人へ移行する境目。
自我が一度ほどけ、
再構築されていく時期。
下山先が「真菰の土地」だったことは、
象徴的だったのかもしれません。。。
そして今回。
誕生日という
「今年の自分が生まれ直す節目」を前に、
なぜ真菰が私のもとへやってきたのか。
真菰の性質から感じたのは、
古いエネルギーの回収
18歳の通過地点との再接続
新しいフェーズへの準備
人生にひとつの円環が描かれた、
そんなサインのように受け取りました。
真菰は、何かを足すためのものではありません。
ただ、
置くだけで
座るだけで
呼吸をするだけで
本来の自分に還してくれる存在。
18歳のあの日、
私は山を下り、
真菰の地へ導かれました。
「守られる側」として。
そして今、
真菰が私のもとへ戻ってきた。
すべては、
もう一度「はじまり」に立つために。
私が癒そうとしなくても、
癒しが起こる場に立っている。
もう外側に答えを探さなくていい。
この場が「必要な場」になったから、
真菰がサロンへ来てくれたのかもしれません。
ここを訪れる人
その人が連れてくる想念や感情
すでにご縁のある、見えない存在たち
そのすべてが、
無理をしなくて済むように――
この場を「中庸」に保つ役目なのだと
感じています。
すべては、流れのままに。
次の記事では、
真菰と過ごす「瞑想付きお茶会」について
お知らせしますね。
▶▶▶真菰と過ごす瞑想付きお茶会お知らせはこちら
【おまけ】

私の誕生日が近かったという事で
半ば強制的に気を使ってくださった秋元隆良先生に連れて行って下さった場所は、湯の山温泉にあるアクアイグニスのケーキ屋さんへ。
すると、なんと!
クープ・デュ・モンド・ドゥ・ラ・パティスリー 2025(洋菓子世界大会)で優勝され、
統括責任者でもいらっしゃいます
旗雅典さんがこちらに
来てくださるではありませんか‼️
オーラが違う〰️✨✨
…そんな時に限って、私はノーメイク💦😭
最後に…
この度は、
真菰を快くお譲り下さり
ご対応頂くことが出来ましたこと
心より感謝を申し上げます。
秋元先生、
この度は咲泉B.D前々々々々々位(長)
の御祝いを本当にありがとうございました✨

見た目も可愛いケーキ♡目の保養✨
今日もありがとうございました✨
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